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本の町、神保町にあるかげろう文庫。百年前はもちろん、二百年前、三百年前の本も多数!かげろう文庫 店主 佐藤龍さん(45歳)

様々な業界で活躍する大人に、これまで地道に積み重ねてきたことや乗り越えてきた苦労をインタビューする「大人の散歩道」。現在、活躍する大人はどんな生き方をしてきたのか。今も昔も変わらない大切なことを伺っていきます。  
今回は、本の町 神保町に注目。神田古書店連盟の広報で、「かげろう文庫」店主 佐藤龍さんにお話いただきました。佐藤さんが感じている、神保町とそこで働く人々の魅力とは。

「かげろう文庫」は、絵本や挿絵本を中心としたビジュアル系の本を取り扱っている古書店です。僕が独立したのは12、3年ほど前ですが、アルバイト時代から数えると30年近く神保町で働いています。現在でも毎日のように古書の奥深さや新しい発見に出会っていますね。

学の専攻と古書店の業務が直結

大学では国文学を勉強していましたが、入学してすぐに失敗したなと後悔していたんです。卒業した先輩たちの就職先を聞いたら、みんな国文学とは何の関係もないところ。本気で勉強しても社会で活用できる場所がほとんどないわけですよ。なんか馬鹿馬鹿しいなって。だから、一、二年生のときは、色々な職業を体験したいと思って短期間でアルバイトを渡り歩いていました。そのなかで偶然、神保町にある古書店の求人を友人から教えてもらったんです。そこは、昔ながらの家族経営の、古文書を中心に取り扱っているお店でした。アルバイトとして入った僕に与えられた仕事は、古文書について調べたり、補修したり、値付けのデータをまとめたりという作業がメイン。それは、そのまま国文学に直結していたので驚きましたね。

何も考えずに「将来、独立します」と答えていた

就職について具体的に考え始めたのは大学三年生の初め頃でした。それで、その年の終わりには、アルバイト先の古書店に「ここで就職させてください」という相談をしていましたね。そのときは、就職活動から解放されたいという一心でした。古書店業界に就職する場合、大きく分けて二通りの働き方があります。一つは、将来独立するパターン。もう一つは、長く勤めて番頭のような立場になるパターンです。それによって教え方も業務内容も違うからどっちなんだと問われた僕は、何も考えず「独立します」と答えていました。当時は独立がそんなに大変だと思わなかったですし、数十年も働けば独立くらいするだろうという軽い気持ちで。

就職したのはバブルの終わり頃でしたが、千万単位、億単位の高額取引があってびっくりしましたね。一般的に古書というのは、絵画や彫刻などの美術品と比べて動くのが遅いんです。お金持ちの人が、いい家やいい車を買った後にいい美術品を買って、最後の最後に本にたどり着く。景気に遅れて波がやってくるわけです。僕が働き始めたのはちょうど古書業界にとって良い時期でした。
最近は日本経済がずっと良くないので、高額で貴重な古書がどんどん海外流出しているという状態です。図書館や美術館に入ってしまったらもう取り戻せないですからね。日本が文化的にどんどん弱くなっているという気がします。

お客さんと触れ合うことで頑張れる

独立を決めたのは、アルバイトから数えて10年ほど経った頃でした。僕はいつもあまり考えず動いていますから、その時も勢いでしたね。それで、どうせお店を持つのであればコミュニケーションを取れる場所があった方がいいだろうと思い、神保町で路面店をやろうと決めました。ただ今では、アポイントメント・オンリーの2Fや3Fの事務所スタイルの方が良かったかなと少し後悔している部分もあります。扱う商品が高額だったり、あまり一般の方にわからないものも多いので、その方が楽だったかもしれないなと。実際、神田にはそういう古書店が非常に多い。半分くらいがそういう形態ですね。表通りで営業しているところは三分の一くらい。あと、ここ十年くらいでインターネット販売をメインにした無店舗営業も増えています。
もちろん、店舗営業にもいい点はありますよ。お客様もこの町を好きでいてくれる人が多いので、100円、200円の本を若い人や子供、お母さんが定期的に買いに来てくれるのは本当に嬉しい。金額の問題ではなく、そういうお客さんと触れ合うことで頑張れるんですね。心から感謝しています。

この街で盛り上がっているもの、面白いと思えることを紹介

神保町の魅力を伝えるムック「神保町公式ガイド」を発刊したのは2010年のことでした。やっぱり古書店なので、紙媒体で情報を残していかなければと思って。年間通していつでもどこでも買える情報誌を出したかったんです。当初からある程度、赤字覚悟でした。神田にある約150店の古書店からお金を集めて作っています。今は何でもインターネットで情報発信すればいいというネット偏重主義の風潮がありますけど、古書を扱っていると、明らかにインターネットと紙媒体の違いはあると感じます。受け手の年齢層や状況などのほか、言葉では説明できない違いも。
「神保町公式ガイド」を作っていて、いいなと思うのは、古書店にはユルい人間が多いということですね。予算組みにせよ編集方針にせよ、もちろん口うるさくは言いますけど、かなり自由度は高い。たとえば、最新の第6号にはあまり古本屋の記事はありません。街の魅力を伝えるのであれば、古書店にこだわりすぎなくてもいい、全号で俯瞰できればいいと考えています。毎号全く内容が違うので、バックナンバーも是非読んでほしいですね。この町で盛り上がっているもの、この町にいる自分たちが面白いと思えることを紹介できるのが一番の強みだと思っています。

同じタイトル、同じ出版社、同じ年に出版されても違う本

僕たちの仕事にもインターネットは欠かせません。たとえば、古典籍を調べるとき、かつてはまず国書総目録に当たっていたんですけど、全巻が刊行されたのが40年前で、補訂はされていますが出版ペースでは追いつきません。そうするとインターネットが持つ巨大なデータベースに頼らざるをえない。国文学研究資料館やWorldCatなどのデータベースは日々アップデートされているわけです。だから、古書店はデジタルデータを全然脅威に思っていない。それに、紙媒体は、電子書籍と比べて色々な良さがありますから。
僕が紙媒体と電子書籍の違いで一番大きいと思うのは検閲の問題です。たとえば、戦前から江戸期に出版された本というのは、当時の政治的な背景によってかなり変更が加えられている場合があります。検閲によって、結末を別の内容に変更しなければいけなくなったり、一章がまるまる削除されてしまったり。だから、同じタイトルで、同じ出版社で、同じ年に出版されていても違う本というのが存在するんですよ。その違いによって一方は1円で、もう一方は50万円の値が付くこともあります。いずれにせよ、紙媒体の場合は、そうやってオリジナルと改訂版のそれぞれが存在するから違いがわかる。でも、デジタルデータの場合だと、そうした違いがあること自体わかりにくいし、しかも、誰がいつどういう改変をしたのかも明らかでないことが多いですよね。

神保町にはまだまだ頑固オヤジが残っている

僕が学生の頃は、「いらっしゃいませ」なんて声を掛けてくる古書店は少なかったですし、お客として入った先の店主にずいぶん怒られた覚えもあります。それに、多くのお店が土曜日は大体17時、平日は18時くらいでしゃしゃしゃっと閉めていました。それが今では、「いらっしゃいませ」はもちろん、日曜日や、平日も遅くまで営業するお店も多くなりました。そういう変化は少し寂しい気もしますね。
ただ、そうは言っても、神保町にはまだまだ家族経営という形態や頑固オヤジが残っていると思うんですよ。僕自身は、ある程度「お客様は神様です」的なお付き合いをさせていただきたいとは思っていますが、それでもお客さんに対して怒ることはあります。僕らは古書を文化財として考えていますから、消費財としてしか見ていないような方は、いくらお金を持っていてもお引き取り願うというスタンスで。そういう昔ながらの商売のあり方は他業種では今の時代あまりないと思うので、ある意味面白いのではないかなと思いますし、残していかなければと感じています。

神保町では、代替わりも面白いですよ。僕は初代ですが、今、三代目や四代目で僕と同じ年代の人が多くて。他の業種だと、下の世代が継ぐのを嫌がったり、一旦会社員として別の会社に就職して、それから戻って継ぐというパターンが結構あると思います。でも、この町では、代替わりがみんなスムーズなんです。その大きな理由は、やっぱり古本屋のユルさだと思います。業務形態にせよ、取り扱い分野にせよ、自分のやりたいように変えていけますからね。みんな楽しんでやっているし、親子三代が一緒にお店に並んでいると壮観ですよ。

町全体を一つの書店だと考えてもらえたら

神保町には尊敬する大先輩がたくさんいます。鬼みたいな人から妖怪みたいな人まで(笑)。その魅力も、一番はやっぱりユルさですかね。他業種にはない自由度がある。たとえば、何かいいことがあったら、その瞬間にお店を閉めて、「さあ、飲みに行こう」って(笑)。そういう潔さはいいですよね。
あとは、同業者ってライバルなわけですけど、非常に多くのことを教えてもらっています。それは、値付けなどの企業秘密的なこともあれば、お客様の共有もあります。お客様が探している本が自分のお店に無いというときに、バンバンうちを紹介してくれるわけですよ、それが高額品を買うお客様だったとしても。普通の業界ではありえない。返しきれないほどの恩ですね。だから、今度は自分がその恩を下の世代に報いていければと思っています。ガイドブックを作ったりという広報活動もその一環ですし、自分のお店のお客様を他店に紹介したりということもあります。結局のところ、神保町に来てくれたお客様の全体の満足につながればいいわけです。この町の書店はそれぞれ専門化されていますから、新刊書店から古書店からセカンドハンズ的な書店も含め、全部合わせて町全体を一つの書店だと考えてもらえたらなと思います。絶対とは言いませんが、どんな趣味の、どんな本を探していても見つかる可能性があるのが神保町です。世界中のどこよりも可能性が高い。こんな町、他にはありませんよ。

佐藤龍さん
神田古書店組連盟広報/かげろう文庫店主

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